巡る世界遺産ノート

屋久島は、なぜ世界遺産? 日本で最初の世界自然遺産と縄文杉

登録名
屋久島
Yakushima
国
日本
区分
自然遺産
登録年
1993年
登録基準
(vii)(ix)
UNESCO の ID
662

動画:YouTube「ずんだもんと巡る世界遺産」で見る

鹿児島県の屋久島には、幹のまわりが16.4メートルもある杉が立っています。縄文杉です。屋久島は1993年に、白神山地とともに日本で最初の世界自然遺産になりました。世界遺産になった理由には、この巨木のほかに、海辺から山の上まで高さによって移り変わる森も挙げられています。

展望デッキから見た縄文杉と、まわりの森 展望デッキから見た縄文杉(2025年3月)

世界遺産になった理由

屋久島は、九州の南およそ60キロの海に浮かぶ、周囲約130キロのまるい形の島です。島のまんなかには、九州でいちばん高い宮之浦岳(標高1,936メートル)がそびえています。世界遺産の範囲は、島のまんなかの山々から西の海岸までの10,747ヘクタールで、島のおよそ2割にあたります。

登録は1993年12月、コロンビアのカルタヘナで開かれた第17回世界遺産委員会でした。日本が世界遺産条約の受諾書をユネスコに送ったのが1992年6月なので、その次の年のことです。このとき日本からは、自然遺産の屋久島と白神山地、文化遺産の法隆寺地域の仏教建造物と姫路城の4件がそろって登録されました。屋久島は、日本で最初の世界自然遺産のひとつであり、日本で最初の世界遺産4件のひとつでもあります。

登録基準は (vii) と (ix) の2つです。

登録基準 (vii)

(vii) は、環境省が日本語に訳した文では「最上級の自然現象、又は、類まれな自然美・美的価値を有する地域を包含する。」です。屋久島が当てはまるのは、後ろの「類まれな自然美・美的価値を有する地域」のほうです。

UNESCO の説明によると、小さな島に2,000メートル近い山がそびえ、山頂から海岸まで見事な景色の移り変わりがあります。何千年も生きる、とても太い杉の巨木があり、最も古く見事な個体は屋久島にあるとされます。UNESCO は屋久島の森を、杉が中心の生態系の最後の、最良の見本と書いています。

日本の自然遺産は5件ありますが、(vii) を持つのは屋久島ひとつだけです。 知床・白神山地・小笠原諸島・奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島は、どれも (vii) を持っていません。

登録基準 (ix)

(ix) の訳は「陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化、発展において、重要な進行中の生態学的過程又は生物学的過程を代表する顕著な見本である。」です。屋久島が当てはまるのは「動植物群集の進化、発展において、重要な進行中の生態学的過程」の部分です。

UNESCO は、屋久島を、北緯30度あたりではめずらしい高い山をもつ島の生態系として説明しています。ほかの土地では減ってしまった暖温帯の原生林が残り、森は海岸から山頂まで、高さにそって続きます。進化生物学や生物地理学、植生遷移の研究にとても重要な場所とされています。

トロッコ道ぞいの森。杉と広葉樹がまじって生えている トロッコ道ぞいの森。杉と広葉樹がまじる(2025年3月)

番号が変わった基準

日本は、当時の番号で自然の基準 (ii)(iii)(iv) の3つを挙げて推薦しました。自然遺産を評価する IUCN は、絶滅のおそれのある種の生息地などにかかわる (iv) は前の2つほど説得力がないとして、(ii)(iii) での登録を勧めました。世界遺産委員会もその2つで登録しています。2005年の作業指針で文化6つ・自然4つの基準が10の基準にまとめられ、自然の (ii) は今の (ix) に、(iii) は今の (vii) になりました。

海辺から山頂まで、高さで変わる森

屋久島の植物は、高さによって移り変わります。海岸の近くには、ガジュマルやアコウのような亜熱帯の植物が育ちます。その上にスダジイなどの照葉樹の森が広がり、さらに上には杉の森が続きます。山頂の近くは、ササの草原と高層湿原です。

環境省は、屋久島ではひとつの島の中で、南北に長い日本の自然の植生を見ることができる、と紹介しています。冬には、山に雪が積もる同じ日に、海岸の近くでハイビスカスの花が咲いていることもあるそうです。

雨が育てた屋久杉

屋久島は「ひと月に35日雨が降る」と言われるほど、雨の多い島です。黒潮の温かい水蒸気が高い峰にあたって雲になり、雨を降らせます。山の上では年間の降水量が8,000ミリをこえ、日本の年平均の5倍近くになります。

苔におおわれた岩と倒木 トロッコ道の近くの、苔むした岩と倒木(2025年3月)

屋久島では、樹齢が1,000年をこえる天然の杉を屋久杉と呼び、それより若いものは小杉と呼びます。一般的な杉の寿命は、長くても800年ほどとされます。屋久島は大部分が花崗岩でできていて、土の栄養が少ないため、杉はゆっくり育ちます。年輪が細かく詰まり、樹脂も多いので腐りにくく、そのぶん長く生きるのです。

縄文杉は、確認されている中でいちばん大きな屋久杉です。高さは25.3メートル、幹のまわりは16.4メートル。太さは、大人10人が手をのばしてやっと届くほどです。1966年に見つかり、1967年に新聞で報道されて、広く知られるようになりました。

年齢ははっきりしていません。1984年の調査では、少なくとも2,170年とされました。観光の資料には7,000年と書かれたこともありましたが、1993年の IUCN の評価書は、何本かの杉を科学的に調べた結果、いちばん古いものでも約3,000年だったと記しています。

縄文杉の幹や枝には、木の仲間だけでも10種類以上が根を張っています。雨の多い屋久島の森では、こうして木の上に別の植物が育つ姿がよく見られます。縄文杉の上には、小さな森ができているわけです。

倒れた木や切り株の上に、新しい杉が育つこともあります。荒川登山口からの道の途中にある三代杉は、1代目が倒れた上に2代目が育ち、その2代目の切り株の上に3代目が育った杉です。倒れた木の上で育つことを倒木更新、切り株の上で育つことを切株更新と呼びます。

切る森から守る森へ

屋久杉は、昔は神木や神の化身として崇められ、ほとんど切られなかったと伝えられています。16世紀の終わりには、豊臣秀吉が京都に大仏殿を建てるために屋久杉を切らせた、という説があります。そのころ切られたと考えられているのが、周囲13.8メートルの大きな切り株、ウィルソン株です。名前は、1914年にこの株を調べ、1916年の本で世界に紹介したイギリスの植物学者 E. H. ウィルソンから来ています。

江戸時代には、稲作に向かない島の人たちが、屋久杉で作った平木という屋根の板を、年貢として納めていました。

1923年には、山の奥の小杉谷に国有林の伐採の拠点ができ、木はトロッコで運ばれました。1960年には540人が暮らし、小中学校に150人をこえる子どもが通っていたといいます。大きな杉を切り尽くすと、1970年に事業所は閉じられ、集落の人たちも山を下りました。

小杉谷製品事業所跡の碑「屋久杉と共に」 小杉谷製品事業所跡の碑「屋久杉と共に」。大きな屋久杉の断面が据えられている(2025年3月)

森を守る取り組みも古く、1924年に「屋久島スギ原始林」が天然記念物に、1954年に特別天然記念物になり、1964年には国立公園に含まれました。

ところが、1989年に九州と屋久島を結ぶ高速船が走りはじめると、島を訪れる人が急に増えます。登山者は2000年におよそ16万人、2008年にはおよそ33万人に達しました。縄文杉はまわりを踏まれて土が流れ、根が出てしまったため、いまは周りが立入禁止になり、展望デッキから眺める決まりになっています。

山のトイレにたまったものは、タンクに入れて人が担いで下ろしています。2010年には、使ったあと持ち帰る携帯トイレのしくみが入り、2017年3月からは、山に入る人に環境保全の協力金をお願いしています。

もうひとつの課題がヤクシカです。屋久島では昔から「人2万、サル2万、シカ2万」と言われてきました。1971年から捕獲を規制すると、シカが増え、めずらしい植物や固有の植物まで食べるようになりました。2010年にヤクシカ・ワーキンググループができ、国や県などと専門家が、シカの数の管理と植生の保護を進めています。

現地で見たもの

2025年3月、私は荒川登山口から縄文杉まで歩きました。往復で9〜10時間かかる道なので、朝6時半ごろに歩きはじめました。

はじめの8キロほどは、昔の安房森林軌道、トロッコの線路の上を歩きます。7時前には、小杉谷の集落の跡を通りました。森の中に、事業所の跡を示す碑が残っています。

7時半ごろ、道ばたにヤクシマザルがいました。屋久島の森にすむサルです。

トロッコ道ぞいの森を歩くヤクシマザル トロッコ道で出会ったヤクシマザル(2025年3月)

白谷雲水峡への道が分かれる楠川分かれを過ぎ、三代杉の前を通ります。トロッコ道が終わると大株歩道に入り、ここからは岩や木の根が続くけわしい山道です。10時40分ごろに夫婦杉の前を通り、11時すぎに縄文杉に着きました。縄文杉は標高1,300メートルほどのところにあり、展望デッキの上から眺めます。

帰り道には、ウィルソン株の中に入りました。切り株の中に立って見上げると、空がハートの形に見えます。株に登ったり、立入禁止の場所に入ったりしないのが、ここの決まりです。

ウィルソン株の中から見上げた、ハートの形の空 ウィルソン株の中から見上げると、空がハートの形に見える(2025年3月)

行き方

屋久島へは、飛行機か船で渡ります。2026年10月の時点で、屋久島空港へは、鹿児島空港から40分、大阪(伊丹)空港から95分、福岡空港から55分です。船なら、鹿児島港から高速船でおよそ2〜2.5時間かかります(屋久島世界遺産センター「アクセス」による)。

縄文杉へ行くなら、3月1日から11月30日までは、荒川登山口まで一般の車で入れません。屋久杉自然館の前で、荒川登山バスに乗りかえます。荒川登山口からは往復9〜10時間かかるので、朝5時から、遅くとも7時ごろまでに出発するよう案内されています。

山に入るときは、環境保全の協力金を納めます。2026年10月の時点で、日帰りは1,000円、山の中で泊まる場合は2,000円で、中学生以上が対象です。

動画で見る

この記事の内容は、YouTube の動画でも紹介しています。

屋久島は、なぜ世界遺産?|日本で最初の世界自然遺産と縄文杉(1993年登録)

出典

閲覧日はすべて2026年10月12日です。

写真

この記事の写真は、すべてアトラが2025年3月に撮影したものです。

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